【制作中】特別史跡 新居関跡
新居関所(今切関所)は、慶長5年(1600)に徳川家康により創設されました。江戸時代、幕府は江戸を守るために全国53の関所を設けて、とくに、「入鉄砲と出女」といわれる、江戸に鉄砲など武器が持ち込まれることと、江戸に住まわせた各大名の妻子が江戸から出ることを厳しく取り締まりました。
浜名湖の今切口にあった新居関所は、箱根と並び、五街道のなかでも最も交通量の多かった東海道の最大の要所として、約100年間、幕府直轄の関所として最高の警備体制が敷かれていました。この関所に限っては、江戸へ向かう女性(「入り女」)にも通行手形を必要とし、検査して不備が見つかれば通ることはできませんでした。
現在の面番所の建物は、日本で唯一現存する関所の建物です。新居関所は、江戸時代中期に自然災害で2度移転しました。さらに、面番所の建物は嘉永7年(1854)の地震で倒壊したあと、安政5年(1858)までに再建されました。明治2年(1869)に関所が廃止された後は、昭和にかけて学校や町役場として使われていました。当時の建物が日本で唯一そのまま残る関所としての歴史的価値が高く評価され、大正10年(1921)に国の「史蹟」に、昭和30年(1955)には改めて国から「特別史跡」に指定されました。
湖西市では史跡整備として復元整備事業が進められ、これまで、今切渡船場の石垣・護岸のほか、関所の入口となる枡形広場の土塁柵、高札場および大御門、女改之長屋が復元されています。併設の関所史料館では、関所と街道・交通史関係の展示やイベントを行っています。
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