古墳・横穴
過去の人が活動した痕跡である集落跡や古墳などの遺跡のうち、国や県、市町によって指定された史跡は静岡県内に370件程あり、また、土地に埋蔵されている文化財として登録されている埋蔵文化財包蔵地は9,000件を超えています。時代は人類が登場する旧石器時代から近代まであり、内容も貝塚、古墳、集落跡をはじめ多様な遺跡が分布しています。
ここでは、古墳時代から飛鳥時代の古墳と横穴の3Dを紹介します。
古墳時代前期(3~4世紀)に出現する前方後円墳や前方後方墳は、湊や潟湖、河川や道筋を広く望む丘陵上に立地する場合が多く、地域と交通を掌握し、ヤマト王権との関係を持った首長の性格を評価することができます。
古墳には様々な形や規模があります。古墳時代中期(5世紀頃)の遠江では、大きな前方後円墳や円墳、方墳のほか、前方後円墳のしたがっているような方墳や円墳、小規模な円墳のみの古墳群(初期群集墳)、渡来系集団が評価される積石塚群といった多様な古墳築造が認められています。
古墳時代後期(6世紀)には、各地に横穴式石室が普及し、小規模な円墳を中心とした群集墳が形成されました。また、地域によっては、丘陵斜面に横穴を掘って造る横穴墓の群が形成されました。一方、前方後円墳など首長墓の墳丘規模は縮小していき、階層的な差は石室の規模で評価できるようになります。古墳や横穴墓の築造は飛鳥時代(7世紀)まで続きますが、前方後円墳はなくなり、規模はさらに縮小して終焉を迎えます。
横穴式石室の中には、畿内からの拠点的な伝播による石室や、三河からの漸進的な伝播による石室といった、異なる系譜と伝播経路を持った種類が認められます。また、横穴墓は東遠江、西駿河、北伊豆の限られた地域に集中します。多様な伝播と普及によって地域性が形成されていたことがわかっています。









